不要と判断した科目でさえ参加したのも不登校を親へ打診しなかったのも、学校からの呼び出しや親へ説得するその時間を数学や化学の問題を解くことに使いたいと判断したからですね。
さて。
水泳とさよならできた喜びも束の間、持久走は高校までくっついてきました。
おもろくもなければやっていきたい職業とも関連が見出せない持久走、退屈すぎて頭の中では全然ちがうことを考えているその内容が、数年先の自分への重要な情報だったのかもしれません。
1年次の持久走中に考えていました。
遅い人に合わせるのも速い人に合わせるのも、わたしには苦痛らしい。
だけど、同じやる気のないAさんは、横並びでおしゃべりしながらにこにこして走っている方が苦痛でないらしい。
考えていたというより、感じていたに近いでしょうか。
続きを知りたいよ。