プロフィール

奥田千晶(おくだちあき)のプロフィール

こんにちは、奥田千晶です。
現在は34歳のフリーランスです。

管理栄養士の資格を活かして、
PR支援・セミナー講師・レシピ(メニュー)提案・コラム執筆をしています。

 

過去の経歴

神戸学院大学栄養学部卒業→新卒でファンケル研究職に就職→リクルート広告提案営業職→ベンチャー企業大手スーパーマーケットコンサルティング職→フリーランス

 

全国放送のテレビ番組や全国誌の出演

テレビ朝日:ワイド!スクランブル生出演

列島直撃の強烈寒波!寒い日に体をポカポカ温めてくれる「最強鍋」とは?のコーナーに生出演しました。鍋でも温まりますがね… より体を温めるべく、温熱効果が期待される食材を紹介しています。

日本テレビ:ズームインサタデー

ズームインサタデーと企業のコラボCM「モッチーの教えてあげる」のコーナーに出演しました。(株)明治様の明治プロビオヨーグルトLG21のLG21乳酸菌の働きについて、どこがすごいのか?を管理栄養士の視点でコメントしています。

saita2017年5月号糖質コントロールサプリメントの解説

ファンケル研究職時代は、ダイエット素材・美白素材・コラーゲン素材の基礎研究(細胞試験・動物実験・機能性成分の精製同定)にも携わり、どの栄養成分がどんな風に身体へ作用するかを日々、研究していました。
同じように見える糖質コントロールサプリメントも配合成分が異なると身体へのはたらきも違うので、選ぶ時のポイントとして各商品の「差」を解説しています。

HB Humming Birds U-18 2019年4月号部活女子のための食事

HB U-18は中高生向けの雑誌です。中高生といえば、部活に学業に恋愛に大忙しですが、全てを成就させるためには、体力とメンタルの安定、そして美しいボディが必要です。そこには食事が鍵を握っているんですよね。運動をする人に重要な栄養素、ダイエットをする時の注意点、コンビニ活用法を力説しています。

定食チェーン店や公立小中学校での講師業

「大戸屋」大人の食育セミナー

大戸屋食育セミナーでは、栄養素や栄養成分の効果効能から食事を考える食育ではなく、もっと身近な「食べかた」の話をしています。溢れる食の情報に、何を信じたらいいのかわからなくなってしまった方に大変好評です。
<登壇テーマ>
2018年度テーマ:かんたん食生活で体質チェンジ!
2019年度テーマ:ストレスに強くなる疲れない食事

横浜市立小中学校の教職員・保護者向け食育セミナー

いっただきまーす!と子どもが手を伸ばす食事は、大人が選んだものです。
つまり、子どもは「食」を選べません。子どもに食事を提供する大人に、食の大切さをお伝えしています。
<登壇テーマ>
2018年度テーマ:成長期に何をどれだけ食べたらいいの?
2019年度テーマ:栄養バランスを整えるかんたんお弁当作りのコツ

PR支援(メニュー提案・栄養ブックなど)

味の素AGF(株)様 ブレンディ®️ のプロモーション

6月1日の「世界牛乳の日」に合わせ、冷たい牛乳にもそのまま溶ける「ブレンディ®」インスタントコーヒーからの新提案として、プラス1杯のカフェオレで女性にうれしい栄養素が補える食事メニュー「オトナ給食」を開発しました。

(株)BIZENTO様 AYA’s Vitamin のプロモーション

ドーピングフリーのマルチビタミンミネラルサプリメント「AYA’s Vitamin」の、天然成分由来の葉酸と鉄を強化し、妊娠を望む女性や妊娠中の女性へ新提案しています。
私は、健やかな赤ちゃんと楽しく暮らすための食事や産後ダイエット、パパの役割についてまとめた“ママのための心と栄養BOOK”を監修しました。

その他、レシピ開発やコラム執筆などの実績については、こちらをご覧ください。

当サイトのコンセプト


人生のアウトプットブログです。

私が日々実験をして、成果が得られたことをまとめたレポートです。

もともと「知識を得ること」が好きで、学んだ知識をヒトに伝える練習の場として、アメーバブログでブログを書いていました。
そこからテレビ出演や雑誌の取材、講師業やPR支援など、知識をヒトに伝えるお仕事依頼がくるようになり、アメブロ内でも健康・ヘルスケアジャンル2位になるまで成長できました。

次の目標を考えた時に思いついたのが、場所をお借りしていたアメブロを卒業すること。
内容についても、学んだ知識を伝えるだけでは飽きてしまっていたので、知識+αをつけていきたいと思っています。

ブログタイトル「食美容」に秘めたもの

私のコンプレックスです。
外見美と内面美を合わせて美容。美容を手に入れるためには大前提として、健康(元気であること)がベースにないと叶わないと思うんです。
そういう意味で「美容」と「健康」は、幼少期から縁があります。

私の名前は「あの、奥田さんの妹さん」

兵庫県明石市に生まれ育ちました。
明石といえば海の街でして、家から徒歩で10分くらいのところにこんな海があります。


1986年5月某日、ホギャーと生まれた瞬間から、7歳上と4歳上の姉がいました。

7歳上の姉は、明石市主催のミスコン “プリンセス明石” で賞を取ったり、高校生の頃から1年以上の留学を何度もしていて、子どもの頃からの夢だった国際結婚・海外生活を実現させるような人です。美人で頭がよくて行動派。

4歳上の姉は、家事をしたり、看病や子どものめんどうを見るのが心から好きな人。決して出しゃばらず他人を立てられる。災害時にはニュース速報を確認するよりも早く「大丈夫?」のメッセージをくれるような心優しい人です。
大和撫子タイプ。

両極なタイプの2人の姉。
この姉2人はその性質が集団の中でも群を抜いていたのだと思うんですよね。

学校や習い事先では「あの、奥田さんの妹さん」という看板がつきもので、
「お姉さんはとっても美人やね〜」「お姉さんはすごく優しいよね〜」なんて言われていました。

引っ込み思案で突出した何かを持っていなかった私は、
「お姉さん “は”って・・・」
お願いだから、お姉さん“も”と言って〜と心の中でTweetしていました。

部活も勉強も恋も失敗!激やせした高校時代

中学時代は吹奏楽部でユーフォニウムを吹いていました。
元々バレーボール部だったのですが、先輩から5対1のいじめにあい、そのうちに同級生からもシカトされるようになったんです。
半年で辞めて、逃げた先が吹奏楽部でした。

逃げた先ではあったものの、楽器で演奏をするのは楽しかった!
高校でも吹奏楽をやろうと思っていましたが、中3の体育の授業でやったテニスが「最高におもしろい!」と感じたんです。

中学からテニスをしている子たちについていけるかな・・・
不安を抱えつつも、テニス部高校デビュー!

その傍らで、祖父が創業し、地域の方々の憩いの場ともなっていた薬屋が時代の並みにのまれていくのを垣間みて、寂しかったんですよね。

「そうだ、薬を出す側の人間になろう!そんでもって、おじいちゃんの薬屋さんを復活させるのだ!」

勉強では医者になることが目標でした。

周囲よりテニスができないのを高校デビューのせいにしたくない。
塾通いできるほど経済的余裕もない。
大学へ行きたいのであれば自分のお金で行きなさいと親が言っているから、医学部は医学部でも国立大学であることはマストだな。

そんな考えが頭をよぎり、
4時に起きて家で勉強して、自転車で学校へ行って授業の後に部活をやり、家に帰って夕飯を食べてから1時間ほどテニスの練習をして。
お風呂に入って眠くなるまで受験勉強をして・・・

この生活を1年も続けていたら、40kgちょっとあった体重は25kgまで落ちてしまっていました。


テニスはドクターストップがかかりました。
「このままだと赤ちゃんできない身体になるよ。」と告げられ、ホルモン治療が始まりました。
このホルモン治療は3年かかりました。薬を頼らず、自分のチカラで生理がきたのは20歳の時です。

一方勉強の方はというと、テニスと勉強をがんばればがんばるほど、イライラするし集中できない。学力は明らかに低下していきましたね。
センター試験当日、周囲の筆圧に気が散ってしまい、集中できずに終了。

結果、大惨敗…………..
医学部の道は閉ざされました。

浪人しようかも思いましたが、お金がかかるし、1年延長したところで何かが変わるとも思えなかった(それだけやり切った)ので、浪人はしませんでした。

試験に惨敗し、泣きじゃくる私に担任教師に言われたのが、
「お前はようがんばった!とりあえず、好きなものを食え。」

このひとことから、
そういえば私、どうして食事をしていたのにこんなにやせてしまったのだろう・・・?
そんな疑問が生まれ、栄養学部へ進むことにしました。

実はそんな中でも恋はしていて、引っ込み思案で口ベタでも、好きというじぶんの気持ちには嘘をつけない。
高校1の夏から卒業するまでずっと好きだった彼に、7回ほど告白するも振られ続けるんですよね。。。

テニスはやることすら許されず、大学受験は失敗、恋も叶わず。
甘さゼロの酸っぱすぎな高校時代………
やせすぎはよくない!と3年かけて学びました。

おしゃれに無頓着な大学時代、はじめての彼氏

高校3年間は制服だし部活と勉強漬け。
クラスの9割が男子だったこともあり、高校時代はメイクやファッションに目覚めずで、大学にはジーパンにTシャツを着て、メイクは眉毛だけ書いて通っていました。

大学に行って1番びっくりしたのは、キャンパスを歩いている人達みんな、めちゃめちゃかわいいこと!

名前の順が近かったという理由で仲良くなった女の子2人がいたのですが、パーマをかけて、メイクが上手でファッションセンスも抜群によくて。

どうしたらこんなにかわいく、きれいになれるんだろう・・・?って目を奪われていましたね。

学費は、奨学金とアルバイトを掛け持ちすることでまかなっていました。
<経験したアルバイト>
パチンコ店内にあるうどん屋、吉野家、アパレル販売員、家庭教師

アルバイト先の吉野家で、仲良くしてもらっていた先輩のことをいつの間にか好きになっていました。

どうしたら、彼はわたしをオンナとして見てくれるのだろう・・・?

高校時代に7回告白して振られ続けた実績より、とにかくアタック戦法はやめ、引き寄せ大作戦を試みるのです。

その方法はというと、“どうしたらこんなにかわいく、きれいになれるんだろう・・・?って目を奪われたじぶん” がヒントになりました。

ファンデーションをして、アイメイクをして、髪の毛を染めてみて、スカートを履いてみて。彼がバイトに入るであろう曜日に合わせて自分も入って・・・

19歳で芽生えた恋は、20歳の時に彼から告白される形で叶いました。
そして、この見た目を変えていく過程で空前の大モテ期が到来するのです。

吉野家ではお客さんや店長から気に入られトントン拍子に時給が上がり、家庭教師のバイトでも指名されることが多くなりました。

キャンパスライフではクラスメイトの男性が私に恋をしてくださり、その男性に恋をしていた女性がボスキャラで………

私は吉野家の先輩が好きなのにボスキャラを怒らせてしまったがゆえに、学年全員総スカンを食らった状態でした。
ちょっとずつちょっとずつ味方が現れだしましたね〜。

見た目の印象をよくすると、人との関わり合いのハードルが下がる。

引っ込み思案の私にとって、外見美の持つパワーを実感した出来事です。

学部卒叩きから一発逆転、ファンケル研究職時代

いじめの原因を分析してわかった私の資質、4つのアルバイト経験、親族の死にガンが多かったこと、水品善之という1人の研究者との出会いにより、私は食品メーカーの研究職を志望するようになりました。

・研究者になりたければ大学院へ行きなさい。
・学部卒で研究職なんて、運転免許も持たずに車を運転するようなもんだ!
周囲から反対されました。

でも、大学院へ行ったとしても食品メーカーの研究職を希望する限り就活は逃れられません。

いずれ就活をするのであれば、一度経験しておくのもいいだろう。
ダメたっだとしてもきっとその経験はプラスに働くはずである。

そう考えて、非常識と言われながらも食品メーカーの研究職を希望して就活をしました。

拾う神あり。
サプリメントのパイオニアであるファンケルさんから内定をもらうことができました。

喜びもつかの間、学部卒である私をよく思わない人達が会社内にいました。
「どれだけ(お金)積んで入ってきたの?」「人事もよくこんな人採用したよね」「頭わるいヤツは出ていけ。」
度重なる心ない言葉を真に受け、傷つき、よく泣いていました。


転機は、基礎研究部門から商品開発部への異動です。

HTCコラーゲン(現:ディープチャージコラーゲン)シリーズをはじめとする、美白、保湿、ニキビといった会社の看板だった美容商品全般を担当することになりました。

私にそんなのできっこない・・・
給料をもらっている側の私がそんなことを面と向かって上司に言えるはずもなく、心の中でTweetしてました。

特にコラーゲンシリーズはリブランディングの話が出ていて、理論構築、コンセプト立案、ラボ試作と工場量産試作、社員教育やメディア向けプレスリリース……
商品リニューアルや新商品導入に必要なこと全てをやることになったんですよね。

社内でも社外でも、とにかくたくさんの人と関わりました。
引っ込み思案なのに、前に出させられました。。。
そして、よく人とぶつかりました。。。

人とぶつかることに消耗していた私は、いかにぶつからずに物事を進めるか?を考えた時、気づきました。

立場が異れば正義は変わる。

これに気づいてからは、目の前の人の正義に沿うようなコミュニケーションをとるようにしたんです。

そしたら、ぶつかるどころか皆がものすごくやる気を出してくれ、リニューアル商品も新商品も瞬く間に売れていき、リブランディングを波にのせることができたんですよね。

美容商品の開発をきっかけに社内でのポジションを獲得することができ、学部卒叩きもなっていきました。

立場が異なれば正義が変わるという気づきは大きく、後に経験する営業やコンサルティング職、現在の講師業でも非常に役立っています。

身体は悲鳴をあげ、メンタルは大崩壊のリクルート時代

商品のコンセプトを考えて処方設計をしていく際、マーケティングのスキルは必須だと感じました。

ファンケル研究職時代は、自分で考えてやってみるのが当たり前の文化で、マーケティングが必要だと感じた私は、ペルソナ設定、SWOT分析、公開調査の活用、口コミ分析は誰に教わる訳でもなく勝手にやっていました。

非常にラッキーだったのは、私が担当していた商品を届けたい方(ターゲットともいう)は、私みたいな人だったこと。
つまり、自分が欲しいと思う商品を開発すればそれでよかったんです。

でも、ふと頭をよぎるんですね。
私の仕事、こんなに感覚的でいいのだろうか・・・・?

そして、こんなことも思いました。
私が担当している商品が売れているのは広報さんや営業さんのおかげである、と。

結果、数値でもってマーケットを知りたい!
広報や営業もやってみたい!!

1年かけて転職活動をし、データに強いことで有名なリクルートグループに転職しました。
当時27歳、結婚してました。

研究職から営業職、ファンケルからリクルート。
職種も社風も真逆な転職は、当時の私にとって一世一代の大勝負でしたね。

実際に最終面接をしてくれた後の上司からは、この会社でのこの仕事はとてもじゃないけど、結婚生活と両立できるようなもんじゃない。

だから、旦那さんとよ〜くよ〜く話をしてきて。
それでもし、うちに来てくれるのなら、洗濯は1週間できないと思って旦那さんの下着と靴下を1週間分揃えといて!
事細かに教えてくれました。そう、最初からちゃんと予告されていたのです。

新人の目標は、飛び込み営業30件・商談5件。
入社3日でとんでもないところへきたと悟りました。

私がいた頃の営業マンは、ホットパッパーという広告ページを売って終わりではなく、個店さんのページ制作もやってました。

夢と理想を訊いて、それが叶えられるお店づくりやページ上の魅せ方を提案して。それを実行して、PV数やCVRなどの数値を根拠に改善する。
営業マンだけど、飲食店のコンサルティングのようなことをしていたんですよね。

飛び込み営業はニガテでしたが、ページ制作を通じてクライアントさんとお店を創り上げていく過程はものすごく充実していました。

ところが、そんな幸せだと感じることよりも、ツライが上回る出来事が起こります。

大手企業勤務の宿命ともいえる異動や退職ですね。
自分が動かなくても、周囲のヒトが動くことで職場環境はいとも簡単に一変します。

周囲の方の異動や退職により、私は入社4ヶ月(配属3ヶ月)で川崎という街を最も知っている人になり、金額も人材育成も大きな責任を背負うことになりました。

明らかなキャパシティーオーバー、でも誰もいないんだからしょうがない。
私がとった対策は時間の捻出で、食べる時間を削っていきました。

メールを打ちながら食事をする。
ラーメンや牛丼を5分で飲むように食べる。

こんなことしていると疲れは溜まりますし、取れないんですよね。
朝はギリギリまで寝て、野菜ジュースや甘いカフェオレで空腹をごまかしていました。

いつからか、理性で感情のコントロールが効かなくなり元夫と別居→離婚。

もうこうなってくるとストレスが溜まりまくりで、そこはお酒に逃げました!

あの頃は、ビールジョッキで7〜8杯は飲んでいましたね。
中性脂肪もコレステロールも基準より2倍くらい高かったです。
精神科を受診していたら鬱と病名がついていたと思います。

クライアントさんに「顔色悪いよ、大丈夫?」と聞かれ、クライアントさんに心配されるなんてもうダメだな・・・と思って、会社をやめました。

激やせの経験より、食べないということはしませんでした。
でも、同じメニューでもその食べかたが心身の健康に大きく影響するとこの時体験しましたね。

あと、明らかにそれダメでしょ?!って言いたくなるような食事をしている方をお見かけしても、そうなってしまう(せざるを得ない)何か大きなもの抱えている可能性がある、正しさだけが正義ではないのだと知りました。

29歳バツイチ、夢も希望もない。

愛を誓ったパートナーを失い、仕事も失った29歳。
ベッドとトイレを往復するだけの生活で、夢も希望もない。

ある日、結婚式を挙げるためにとっておいたお金を無性に使いたくなり、ネットサーフィンをしていたら健康教育の講座が目に留まりました。

“ 何を食べるか?よりもどう食べるか?が大事 ”

この言葉にピンときて、メンタルの健康と食のつながり、身体の健康と食のつながりについて、もう一度学びました。

学んだことを実践するうちに、メンタルも身体もみるみる元気になりました。
長年の悩みで、化粧水を浴びるように塗りたらないとツラかった乾燥肌も、この時から改善されていきました。

栄養学のメインは何を食べるか?ですが、食べかたを変えるだけでこんなに変わるんだと実感しましたね〜。

生産者との出会い、ベンチャー企業時代

ビジネスモデルがおもしろいと感じたスーパーマーケットのコンサルティング会社に転職しました。

当時30歳、私が会社員として最後に過ごした会社です。

この会社では私は主に、産地を訪れて生産者の取材をし、動画をつくっていました。また、その生産者さんの食材を使ったレシピ動画を制作して、商品と動画を用いて売り場つくりをしていました。

産地の方々と触れ合う中で、“食材を選ぶ基準”と“おいしいの基準”、“食材に対する善悪思考”が変わります。

例えば、野菜。昔の私が野菜を選ぶ理由は、健康にいいとか美容にいいからでした。
でも今は違います。美味しいから食べます。
おいしい野菜を食べたいから食べます。

そして、おいしい野菜の蓋を開けてみると、肥料や農薬などの栽培方法こだわりがあったり、愛情を込められてつくられているんですよね。

おいしい野菜を選ぶと、健康と美容が付随してくる。
そんな感じです。

善悪思考については、例えば、海苔。
海苔の産地で有名なところといえば、佐賀県の有明のりと兵庫県の明石のりがあります。

どちらの海苔がいいか?というと、
口溶けがよくて柔らかい有明のりは家庭のおにぎりに、黒くて硬い明石のりは手巻き寿司にすると良い。用途によって海苔を選ぶことがおすすめの食べ方である、と取材をする中で学びました。

どちらがいいか?どれが1番か?ではないんですよね。

これは、有明のりの生産者さんからちょうだいしたお言葉です。

「海苔は産地によって、それぞれ特長がある。
その特長によって、用途を変えることがおいしい海苔の食べ方のおすすめなんだよ。
だから、あそこの海苔がどうとか、うちの海苔が1番みたいな発想はないんだ。
みんな違ってみんないい。他は知らんが、海苔の生産者は皆そう思うとる。」

人間関係にも通ずるようなことを教わりました。
他の食材の生産者さんも結構みんな、そんな感じなんですよね。

産地の方々と触れ合う中で、いいか?悪いか?の善悪思考が取れていきました。
食美容を実践する上でも、おいしいから食べますし、添加物はダメ!農薬はダメ!そういうのはないです。

いつの間にかそのモノの見方が、ヒトを見る時にも波及していきましたね。

現在の夫と出会い、自然妊娠により子どもを授かりました。

快適なマタニティーライフとスムーズな産後ダイエット

29歳で食の改革を行い、35度前半だった体温も36度後半に回復。
代謝のいい状態で妊娠したこともあり、食事制限なしで体重増加は+8kg弱で済みました。

貧血もありませんでした。
便秘に関しては、妊娠後期に毎日あったお通じが2日に1回になったくらいですね。

産後、体重はすぐに戻りました。
お腹周りの脂肪が残っていて、3ヶ月目でダイエットをしてます。育児は体力が入りますし母乳を出さないといけないので「食べるダイエット」です。

しっかり食べてダイエットをすると、脂肪って勝手に落ちていくんですね。
お肌もきれいになっていくので、一石二鳥です!

 

長々と書きました。
美容と健康に関しては物心ついたから悩み苦しんだり、いい時もあればどん底に堕ちる時もありと、とても縁が深いです。

そして、フリーランスになってからご縁のあった仕事の多くが私の人生に沿ったことが多くて非常に感慨深いです。

 

個人的な好きなものとかのまとめ

情報価値は低めですが、念のためにおいてみました。

・ふたご座です。好奇心は2歳の息子と同じくらいです。

・引っ込み思案はビールで克服しました。

・乾燥肌をお米で改善しました。

・音楽が好き。R&Bやクラシックです。

・歌うのも大好き。気持ちを昇華してくれます。

・十八番は、CAN YOU CELEBRATE?

・愛読書は、愛するということ

・あと、心理学系もわりと好き。

・信念は、苦しみや悲しみは時が経てば宝になる

・毎日が実験だと思って生きていく

こんな感じです。
健康で美しくあるために、日々努力してます。